現実では不可能なことができる
ゲームの世界には、現実では不可能なことを可能にしてしまう力があります。
その力が、時に現実の道徳や倫理に反する場合が出てくることも事実です。
そうした、微妙な境界線に立っているのがアダルトゲームなのだと考えます。
アダルトゲームは、もっぱら規制の対象となるかならないかの瀬戸際に立たされています。
しかし、ゲームが非現実であることは、多くのアダルトゲームの愛好家は周知の事実であって、現実世界において実行しようと考えることとは論点が少し違うように思います。
むしろ「実行できないからこそ」ここまでの人気があるのではないでしょうか。
まだ自分の中に良し悪しが出来上がっていない未成年がアダルトゲームをするには、少し問題があるように思いますが、大人であれば、多くの人は分別をわきまえています。
そして、仮に大人の分別のない行動に、アダルトゲームが影響しているのであれば、三次元での様々なアダルトコンテンツは、人畜無害の白物といえるのでしょうか。
アダルトという括りの中に、「健全」と「不健全」とがあるとして、なぜその境目が「二次元」と「三次元」になるのでしょうか。
単純に、どちらの方が自分に合っているかという嗜好の違いではないのでしょうか。
つまり、この議論に矛盾はいくつも混在しているのです。
大人は何かと日々のフラストレーションをため込んでしまう環境にあります。
そこに、非現実というエッセンスが、日常を潤す存在になっている人は、少なからず存在します。
一番手軽で、一番身近な存在として、二次元でのアダルトゲームを置くことも、日々の欲求不満のはけ口として、十分機能しうる「お遊び」なのではないでしょうか。